蔡明亮──疲れ知らずの映画の測量士(インタビュー試訳)

2022年11月25日から2023年1月2日まで、ポンピドゥー・センターでは台湾を中心に活動している映画監督・蔡明亮ツァイ・ミンリャン)のレトロスペクティヴと展覧会を行っている。それに際し、ポンピドゥー・センターは蔡にインタビューを行った。原文はTsai Ming-Liang, infatigable arpenteur du cinémaに掲載。以下、わたしの試訳を掲載します。

 

蔡明亮──疲れ知らずの映画の測量士

ポンピドゥー・センターでは、第2派台湾ニューウェーブを牽引した蔡明亮映画の全面的な回顧展を開催しています。同時に、彼の新しい展覧会「Une Quête」では、物質性の核心に迫る没入型体験、パブリック・パフォーマンス、そしてポンピドゥー・センターで特別に撮影された『行者(Walker)』シリーズ第9作目の上映が行われます。実験を続ける映画監督への独占インタビューです。

 

 

アメリガリ:新作の長編映画『日子(Days)』は11月30日にフランスの映画館で公開されますが、フランスの映画館の状況が混乱している中で...…。

 

蔡明亮:『日子』は、まるで芸術作品のように、ごく少人数のチームで完全な自主制作を行いました。フランスの配給会社Art et Essaiが今も私の作品に興味を持ってくれていることを嬉しく思っています。1994年の『愛情萬歳』以来、過去30年間、私の映画のほとんどはフランスのこの種の映画館で上映されてきました。作品数が少ない私でも、取り残されることはありませんでした。私にとって、映画を見る理想的な方法は今でも映画館のスクリーンですが、ストリーミング配信の台頭とパンデミックによる混乱で、ほとんどの人が自宅にある小さなスクリーンを好むようになりました。それは紛れもない事実です。私の映画を観てくださるお客さまには、映画館で楽しんでいただくのが一番だと、改めてお伝えしたいです。

 

アメリガリ: ポンピドゥー・センターのために設計された新しい展覧会「Une quête」は、物質性の賞賛といえるかもしれません。水、紙、鏡など、さまざまなメディアを使ったプロジェクションによって、観客は新しい感覚を体験することができます。

 

蔡明亮:本展は2部構成となっています。第1部は、映画やテレビのための短編や長編など、私の映画の回顧展です。第2部は、大規模なビデオ・インスタレーション『行者』シリーズ。2012年以降、俳優の李康生(リー・カンション)のスローな歩行をフィーチャーした作品を8本作りました。9作目は、2022年6月にポンピドゥー・センターで撮影しました。仏典を求めてインドに渡った唐の僧、玄奘の放浪の旅を追ったシリーズです。美術館での上映を想定しています。今回のポンピドゥー・センターでの大規模な展覧会では、水、紙、鏡など、私の好きな要素を用いて、このゆっくりとした動きのあるイメージのシリーズを発表する予定です。

 

アメリガリ:この2年間で、あなたの展覧会のアイデアはさらに深く、力強いものになりました。この時期をどのように過ごされたのでしょうか。パンデミックによってもたらされた減速は、どのような物語をもたらすのでしょうか。

 

蔡明亮:ポンピドゥー・センターでの私の展覧会のタイトルは、その偉大な旅の精神に呼応するものです。当時、玄奘三蔵は中国からインドへ行くのに二本の足しかなかった。歴史の中で、魅力的なほどスローな時期だった。現代は、目まぐるしく、人が集まり、忙しい時代です。振り返ってみると、「スピードが速すぎたのでは?」と思わずにはいられません。 パンデミックは驚きでした。単なるウイルスがこれほどの惨状を引き起こすとは、誰も予想だにしなかった。しかし、それはまさに私たちが生きる大衆社会のスピードの結果だったのではないでしょうか? 突然、すべてをストップしなければならなくなったのです。家で孤立して、いつまでも待っていなければならなくなりました。パンデミックは恐怖をもたらしましたが、同時に私たちに反省の機会を与えてくれました。「Une quête」の延期は、必ずしも悪いことではなかったと思います。この展覧会が表現する「遅さ」の美学は、パンデミック後のこの世界では、より強力な、ポジティブなエネルギーのようなものなのかもしれません。

 

アメリガリ:最新作の『行者』では、新たなキャラクターが登場しますが、すでにあなたの作品『日子』では、Anong Houngheuangsyが演じていましたね。

 

蔡明亮:Anong Houngheuangsyはタイで出会ったラオス人の青年で、元々は外国人労働者として来ていました。私の映画に出演してくれた後、彼にクリエイティブな才能があることを知り、私のチームに加わってもらい、美術館のための作品を制作してもらうことにしました。『行者』シリーズの9作目『Where』にも彼を起用しました。彼は自分自身を演じ、パリの賑やかな街で行者と出会います。彼は、行者に会ったとき既視感を覚えましたが、ただ通り過ぎるだけでした。Anongは、自分でも気づかないうちに、自分の村の歌を口ずさんでいたのです。誰も何のことだかわからない。しかし、それは彼の人生の現実の一部なのです。

 

アメリガリ:今回、ポンピドゥー・センターの中で『行者』シリーズを撮影されましたが、この建物を傑作だと考えておられるようですね、その意図や直感をお聞かせください。

 

蔡明亮:ポンピドゥー・センターは、それ自体が巨大な芸術作品であり、反骨精神と獰猛な創造性に貫かれているのです。1977年の開館以来、現代アートの美術館として重要な位置を占めています。『行者』シリーズは10周年(2012年~)を迎え、ポンピドゥー・センターでは全9作品が上映されています。これは間違いなく、並外れた意義を持つ一大イベントです。だから、今回の『行者』シリーズでも、特別な記念としてポンピドゥー・センターを登場させたいというのが個人的な思いでした。